平成30年山名会総会下見報告 anchor.png

去る6月26日、H30年の山名会総会下見に高崎市山名町周辺、及び新田氏ゆかりの太田市を訪ねて来ました。下見には草山副理事長ご案内のもと、山名義英副総裁・山名一男常任理事にもご同行いただき、事務局と合わせて4名で山名氏や新田氏ゆかりの史跡や資料館を巡り、総会の訪問コースを検討致しました。高崎方面での山名会総会は平成4年・12年にも行っており、今回の下見は前回のコースを参考として、新たな訪問先も加えた形となっております。後日、総会ご案内が届くまでのご参考に願います。

Page Top

総会下見の報告PDF anchor.png

山名一族会報21号

Page Top

H30年総会の日程について anchor.png

山名会総会の日程ですが、高崎を主会場にしますと東京より新幹線で1時間弱の移動時間を見る必要がある為に1泊2日での開催を考えています。また、実施日につきましては、先にご協力願ったアンケートでは、土日開催・平日開催共に同数でしたので、お勤めの方のご参加を期待して、11月10日(土)~11日(日)の日取りを考えて居ます。

Page Top

第1日目の予定 anchor.png

高崎市役所, 1219.jpg

第1日目は、お昼前に高崎市役所の展望レストラン前にて集合し、受付を兼ねて昼食を済ませ、以降は観光バスにて移動を致します。
今のところ、第1日目の訪問先は永福寺・山名八幡宮・山名城址・光臺寺等の訪問を予定しております。

Page Top

略図 anchor.png

Page Top

永福寺(高崎市寺尾町) anchor.png

永福寺 新田義重供養塔, 1220.jpg

先ずは、山名初代義範公の父である新田義重公の墓所がある永福寺を訪ねます。一説では新田氏の祖である義重公は永福寺の谷向こうにある寺尾城を本拠地としたとも言われており、この地は山名荘にも隣接しており、新田氏と山名氏との関係の深さが感じられる場所でもあります。

Page Top

山名八幡宮(高崎市山名町) anchor.png

山名八幡宮, 1221.jpg

山名八幡宮は、平安末期に山名初代義範公が一族の繁栄と武運長久を願って大分・宇佐八幡をこの地に勧請したのが始まりと聞きます。山名氏にとっては、六孫王神社・壺井八幡・多田神社と共にゆかりの深い神社となります。こちらでは山名氏一族会の発展祈願の参拝をさせていただき、山名会が30年前に奉納した神馬像等が安置されている境内を散策致します。

Page Top

山名城址(高崎市山名町) anchor.png

山名城址, 1222.jpg

山名城址は麓から30分程で往復できる小高い山城で、近年は「上野三碑」の一つである「山上碑」が注目を浴びて居り、その碑をメインの観光資源とした施設や遊歩道の整備が進められています。
山名城址の方はどちらかと言えば、ひっそりとした状況ですが、山名氏の出発点でもあります山名城は是非一度は訪れておきたい所です。
余り険しい道では有りませんので、出来るだけご一緒に出来ればと思います。

Page Top

光臺寺(高崎市山名町) anchor.png

次にお邪魔する光臺寺は山名氏の居館跡に建つ寺院と言われており、事実、旧境内であった畑からは鎌倉時代の物らしき刀剣類も多数出土しているなど、山名館跡としての名残を感じさせるところです。
今回は、こちらの光臺寺では参拝させていただくだけでなく、ご住職様から山名町と光臺寺の移り変わりなどについて、ご講話いただきます。
また、その後、光臺寺で場所をお借りして年次総会も開催する積もりにしております。

光臺寺境内, 1223.jpg光臺寺本堂内, 1224.jpg
Page Top

藪塚温泉(太田市藪塚町) anchor.png

山名城址, 1225.jpg

藪塚温泉は、群馬県南東部の平坦な地にありながら、奈良時代に僧・行基が岩窟間から涌き出る源泉を発見したと言われ1300年以上の歴史が有ります。また、新田義貞が鎌倉攻めで負傷した兵士の傷を藪塚温泉のお湯で癒したとも伝えられ、新田義貞の隠し湯とも言われています。
今回、宿泊予定の「ふせじま館」の最上階展望風呂からは、南側に広がる関東平野の景色が遮るもの無く広がり、はるか利根川を越えて熊谷市辺りまで見渡しての一風呂は格別です。是非、ご堪能ください。

Page Top

第2日目 anchor.png

2日目は、太田市に有る国の史跡「新田荘遺跡」を中心に、山名氏初代義範公の父である新田義重及び、鎌倉倒幕の雄である新田義貞や山名義範の弟である得川義季ゆかりの史跡を巡る予定としています。

Page Top

略図 anchor.png

Page Top

生品神社(太田市新田市野井町) anchor.png

生品神社 新田貞義像, 1227.jpg

まず最初に新田義貞挙兵の地である生品神社を訪れます。後醍醐天皇より鎌倉幕府倒幕の綸旨を受けた新田義貞が、この生品神社境内での旗挙げは武将150騎と少数でしたが、鎌倉へ向かうに従って軍勢が加わり最終的には20数万騎にも膨れ上がったとのことです。

Page Top

反町館(太田市新田反町町) anchor.png

生品神社から程近いところにある反町館は新田貞義の居館であったと言われ、現在は反町薬師・照明寺となっています。現在でも四方を満々と水を満たした堀に囲まれ、土塁も一部残っており、武家の館である雰囲気を良く残しています。

Page Top

新田荘歴史公園(太田市世良田) anchor.png

世良田の地は新田義重の居館跡と言われ、山名義範の弟である得川義季が開いた長楽寺や、義季を一族の祖とする徳川氏が日光東照宮から旧社殿が移設した世良田東照宮、そして新田荘の歴史について展示している新田荘歴史資料館も隣接しています。

世良田東照宮, 1228.jpg長楽寺, 1230.jpg
Page Top

大光院(群馬県太田市金山町) anchor.png

大光院, 1229.jpg

徳川家康は得川義季を徳川氏の祖としており、その義季の父である新田義重を一族の祖先として、大光院を建立して手厚く祀り、寺尾城内から義重の墓石等を、大光院に移したと言われます。
その他、太田市内には源氏・新田氏ゆかりの史跡や社寺がありますので、時間に余裕があるようでしたらもう一ヶ所程度追加で訪問するかも知れません。

Page Top

解散(熊谷駅) anchor.png

午後3時頃に埼玉県熊谷駅での解散を考えています。

Page Top

参加募集はお盆頃に anchor.png

以上、簡単にH30総会のルート案をご報告しました。正式なご案内は、経費・コース等を練り直した上で、お盆頃にお届け致します。
尚、参加費については3万円程度になればと考えて居ます。
ご参加ご期待して居ります。



トップ   凍結 差分 バックアップ 複製 名前変更 リロード印刷に適した表示   ページ新規作成 全ページ一覧 単語検索 最新ページの一覧   ヘルプ   最新ページのRSS 1.0 最新ページのRSS 2.0 最新ページのRSS Atom Powered by xpWiki
Counter: 287, today: 1, yesterday: 2
初版日時: 2018-07-12 (木) 17:18:13
最終更新: 2018-07-12 (木) 21:08:36 (JST) (159d) by admin