伊勢山名氏について anchor.png

山名大介

伊勢山名氏は、初代義遠(一説では、その父義隆)が慶長年間に、近江国花曽呂村より、伊勢国洞(あな)津(のつ)(転じて安濃津、現・三重県津市)に移住し「修天爵書堂」という名の寺子屋(日本庶民教育史によれば三重県では最古、日本でも記録に残るかぎりで10番目に古い寺子屋)を開いたことに始まる。
修天爵書堂はその後、代々の当主に引き継がれ、250年程後の幕末、安政年間に津藩(藤堂氏)が庶民の為に「修文館」を設置して、その幕を閉じた。
藩祖(藤堂高虎)以来、山名家は客分として藩公の別邸を与えられ、知行を得て藩士子弟の教育にも携わっており、伊勢国の教育の草分け的存在であったといえる。且つ又、神職を兼ねており、藤堂家ゆかりの神社を管理していたようである。
三代目の山名政胤は国学者として世に知られたようで 荷田春満(かだのあずままろ)、その弟子の賀茂真渕(かものまぶち)、更にその弟子の本(もと)居(おり)宣(のり)長(なが)と交際が続き、本居家とは姻戚関係となっている。その後も代々教育者を天職として、明治期には、山名留三郎が陸軍士官学校教官として、乃木希典大将の子息達を教え、乃木氏とも交流があったようである。
初代義遠以後その教育内容は文武百般に及び、その蔵書の余りの多さに私の祖父、政(まさ)大(お)が昭和16年に、その一部(千余冊)を三重県立図書館に寄贈し「山名文庫」として残ったが、それ以外は戦災で全て焼失してしまった。家伝の宝刀(備前・助吉銘、室町時代中期の作と伝承)は、平成18年に名古屋市立歴史博物館に寄贈、年に数回展示されるのみである。



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