令和最初の山名会総会は会場を山名氏の本拠地である但馬として、初日は出石・竹野のゆかりの地を訪ねて城崎温泉に宿を取り、二日目は日高・村岡を巡り、但馬北部をグルっと周遊するようなコースで実施しました。
総会訪問先略図, 1280.png

第1日目(11月17日) anchor.png

この秋はいくつかの台風が関東方面にあいついで襲来するなど、不安定な天候が続き気持ちの良い秋晴れには余り恵まれなかったように思えます。それでも11月にはいると徐々に秋らしい日和の日も増えて、迎えた11月17日は気温・天候共に申し分のない絶好の総会日和に恵まれました。
今回は、会場が但馬と言うことで、交通の便が制限される中、23名の皆さんが山名会総会に御参加いただき、集合地点のJR江原駅には12時半までに全員が到着し、1泊2日の行事をスタートしました。

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出石散策 anchor.png

最初に訪れたのは室町時代から戦国時代まで山名宗家が本拠地を置いた出石。今回は但馬の食を楽しんで貰うことも行事の目的でありましたので、少し遅めのお昼となったのですが、出石ソバをご賞味いただきました。

出石ソバ「宿坊」にて, 1311.jpg

出石ソバは一人前5皿が基本で、そこからお腹の具合に応じて皿を追加します。
今回は予め50皿を事前に追加注文して様子見です。(23名に50皿ですので一人当たり2皿以上の追加の形です。)
最初の5皿で満足の方もいれば、追加分を4皿~5皿と積み重ねる方もあり、更に追加が必要かと思ったのですが、皆さんがソバを無駄なく融通していただき、大食漢の方もある程度満足していただいたようです。
当日は、紅葉真っ盛りの日曜日と言うことで、出石の街中はもみじ狩りの観光客で大変に賑わっており、お蕎麦屋さんも盛況で昼食に思った以上に時間を取られてしまいました。駐車場にバスを止めて出石の観光通りである大手前通りを出石土産を品定めしながら辰鼓楼、そして出石城へとゆっくりと散策の足を進めました。
平成25年に出石で総会を行ったおりには、時間の関係で出石城は遠目に眺めるだけでしたが、今回は出石城中腹にある有子山稲荷を目指し、山名氏時代の有子山城の姿を思いつつ、参道を登りました。
稲荷神社まで登ると、眼下にはこぢんまりとした出石の街が良く見渡せ、最盛期の紅葉と相まって、どこか懐かしくて温かい出石の雰囲気を楽しんでいただけたと思います。

出石城跡, 1323.jpg出石城跡, 1312.jpg
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総持寺 anchor.png

総持寺観音堂にて, 1313.jpg

次は出石の街中からバスで出石神社方面に5分程進んで総持寺を訪ねました。総持寺では、ご住職・副住職のご案内で、先ず観音堂に上げていただき、祐豊公奉納の千手観音のご宝前で般若心経のお勤め、その後、庫裡に場所を移して、お寺の役員さんから総持寺と山名氏との関わりについてのお話を伺いました。
お話の後でお茶をいただいていると、ご住職が桐の木箱を持ち出され、その箱の中から小さな厨子を出されました。小さな扉を開いて我々に見せていただいたのは、ご本尊の千手観音の内部に納められていた胎内仏でした。この小さな仏様は元々は祐豊公が戦いの際に兜の中に忍ばせていたと言う念持仏だったそうです。
普段では決してお目に掛かることの出来ない貴重な仏様を親しく拝ませていただき、会員一同、望外のご対応に大変に感激致しました。

十一面観音, 1314.jpg祐豊公念持仏, 1315.jpg
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円通寺 anchor.png

次に訪れる円通寺がある竹野町は出石より少し距離があるのですが、昼食や出石城下散策が長引いたことが影響して予定が30分以上遅れ、円通寺に到着する頃には陽もだいぶん傾く頃となっていました。
参拝をお願いしておりました開山堂は昔ながらの形式を守るためにも電気の配線はされておりませんので、円通寺到着後はご住職の案内で日没を迎えるまでに、開山堂に上がらせていただき、ロウソクの灯火を頼りに参拝をさせて頂きました。
開山堂内には六分一殿の時代を担い、円通寺を建立した山名時義・時熈父子の木造が安置され、ご住職が読経されるなか、尊像前でお焼香をさせて頂きました。また堂内には開山第一世の月菴禅師や、円通寺を復興した沢庵禅師の木像もお祀りされていました。
予定時間を大幅に遅刻してしまい、夕闇迫る中での参拝でご住職には大変にご心配をお掛けしましたが、灯明の光だけの参拝は幽玄で荘厳な雰囲気を感じることが出来ました。
お参りの後には、庫裏でご住職から円通寺の由緒についてお話を伺いました。
円通寺には、山名関連の史料や墓碑など数多く残っておりますので、今回のような駆け足の参拝では無く、次回はゆっくりとお邪魔が出来ればと思います。

円通寺開山堂にて, 1317.jpg時義・時煕公像, 1316.jpg
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城崎温泉 anchor.png

宿泊でお世話になった城崎温泉「つたや」は、山名会会員の鳥谷さん経営です。鳥谷さんのご先祖は山名時氏公に従って群馬より移って来られた家臣であったとのことです。

つたや晴嵐亭にて, 1318.jpg

「つたや」は江戸時代から続く城崎温泉屈指の老舗旅館で、幕末の頃には桂小五郎(木戸孝允)が「蛤御門の変」の残党狩りから逃れるために、身を隠していた所でもあります。今回は別館の「晴嵐亭」を山名会貸切の形でご用意頂き、広いお部屋でゆったりと過ごさせて頂きました。また、懇親会では解禁間もない山陰の味覚であるカニすきをご準備頂き、仲居さんの丁寧なお世話で、しっかりと堪能させて頂きました。

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第2日目(11月18日) anchor.png

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隆国寺 anchor.png

二日目は山名四天王の一氏である垣屋氏の菩提寺・隆国寺を訪ねました。このお寺は「関西花の寺」にも属しており、江戸時代から植栽されている「ボタン寺」としても知られています。
但馬には生野銀山を始めとして幾つか有名な鉱山があるのですが、隆国寺も元々は現在の地から更に奥まった阿瀬金山に最初は建立されたようです。下克上の戦国時代、垣屋氏は支配下の阿瀬金山の開発を押し進めて財力を豊かにし、但馬内で勢力を伸ばして、戦国時代末には山名氏を上回る発言権を持つようになります。隆国寺の但馬屈指の大伽藍は、往事の垣屋氏の力の大きさを忍ばせます。
参拝時には、鶴とコウノトリが描かれている県文化財の襖絵をご案内頂き、また、明治維新の折に村岡山名の姫君が奉納したという駕籠も拝見いたしました。

隆国寺本堂にて, 1319.jpg隆国寺客間にて, 1320.jpg
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法雲寺・山名蔵 anchor.png

山名氏史料館「山名蔵」は村岡山名の菩提寺である法雲寺の境内に有ります。
令和元年度の山名会事業でもある山名蔵の外装修繕の工事は10月中旬から月末に掛けて行われて無事完了し、当日は修繕工事の検分を兼ねての山名蔵訪問となりました。
山名蔵では、山名会の年次総会を行い、山名蔵修繕事業を含む事業報告や決算報告、そして令和2年度の予算と事業に関しても検討致しました。(総会報告及び、山名蔵修繕事業については別稿参照)
総会終了後は、同一会場にて香美町の郷土史家の古川哲男先生に『秀吉の但馬攻めと小代一揆』と題した歴史講演を行っていただき、秀吉の山陰攻めの過程で豊臣軍の藤堂高虎を一時、死地の境まで追い詰めたといわれる「小代一揆」について、その概要について、初めて見る史料なども交えて、分かりやすくご教授頂きました。(講演の概要は後日、文書化したいと思います。)

改修なった山名蔵前で, 1321.jpg壺渓御廟にて, 1322.jpg
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壺渓御廟 anchor.png

昼食後は最後の因幡守護職であり、村岡山名初代の山名豊国公の廟所を参拝する予定でしたが、昼前から時折雨が混じる強い風が吹くようになり、高原にある豊国公の廟所参拝は諦め、代わりに村岡山名三代・矩豊公から十代・義問公までの大名墓が整然と並ぶ壺渓御廟の参拝に変更しました。御廟では村岡山名後継の山名義英副総裁に引き続いて参加者全員で、村岡山名歴代の墓前に線香をお供えさせていただきました。
その後は、道の駅「神鍋高原」で小休止をして、バスは集合地でもあったJR江原駅に向かい、次回総会での再会をお願いしながら、午後2時半に解散し、参加者各位は帰路へとついていただきました。

今回の但馬での1泊2日の総会行事ですが、予定を盛り込みすぎた為に、時間に追われるようなスケジュールとなってしまいました。今後は、ゆったりした時間配分の計画を心がけたいと思います。
今回、参加できませんでした会員様も、次回の総会計画立案の折りには、是非御参加いただきますようお願い致します。



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