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関東山名氏 anchor.png

1135保延元年清和源氏新田義重の長男太郎義範誕生
1175安元元年義範、山名城に拠り山名氏を称し、山名八幡宮を勧請創立群馬県高崎市山名町
1185文治元年義範、義経に従い功あり。伊豆守に任ずる(源家六人受領家の一)源義経平家追討
源頼朝鎌倉幕府を開く
1219承久元年義範没。以後代々幕府に出仕。承久の変
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室町時代 anchor.png

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但馬山名氏 anchor.png

1227建武4年時氏、足利氏に寄して功あり。伊豆守に任ずる。鎌倉幕府滅ぶ
建武の中興
1348貞和4年時氏、幕府四職の一、侍所所司に任ずる。足利尊氏室町幕府開く
六分一殿=伯耆・出雲・因幡・但馬・美作・讃岐・丹波・和泉・紀伊・備後・丹後の十一ヶ国を領するによる。南北朝の対立→合一
1375永和9年 妙心寺二世宗弼(藤原藤房)但馬七美庄に報恩寺を創立
1391明徳2年明徳の乱により一族分裂。所領、但馬・因幡・伯耆の三国に縮小。明徳の乱-氏清・満幸・義理等滅亡
1441嘉吉元年持豊(宗全)赤松氏追悼に功あり。家運を挽回する。嘉吉の乱-赤松満祐、将軍義教を殺す
但馬・因幡・伯耆・備後・播磨・石見・備前・美作勘合貿易-対明通商山名氏も参加
1467応仁元年宗全、西軍を率いて細川勝元の東軍に対す応仁の乱-戦国時代始まる
1488長享2年政豊、赤松氏の攻勢により播磨経営を放棄し但馬に退く
1548天文17年豊国、出石山名館に誕生し、長じて因幡国守護に就く。
1569永禄12年織田勢但馬侵攻、出石此隅山城落城
1580天正8年第二次但馬侵攻、出石有子山城落城
豊国(禅高)鳥取城退去、秀吉陣営に入る。
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江戸時代 anchor.png

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1598慶長3年禅高、秀吉の形見分けにあずかる
1600慶長5年禅高、家康に従い東軍に出陣、竹田城受取等
但馬七美郡一円所領安堵
1626寛永3年禅高、家康・秀忠に御伽衆として近侍し七十九才で没する。
1642寛永19年矩豊、兎塚陣屋を村岡に移し城下町を設置。
1868明治元年義済、因幡守に任じ、村岡藩(1万1千石)立藩。
1871明治4年廃藩置県、義路華族に列する。
山名氏の身分、従三位・外様大名格・交替寄合衆

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