山名の定紋は、 anchor.png

正紋が「五七桐七葉根笹」、替紋が「糸輪二ツ引両」、どちらも他氏には類を見ない紋である。
桐紋は、古来尊貴の御紋として知られるが、足利氏が幕府を開いた功により拝領し、以後、重臣に与えたものであろう。その下に七葉根笹を二つ並べたことについては二説がある。

五七桐七葉根笹糸輪二ツ引両
五七桐七葉根笹, 67.png糸輪二ツ引両, 40.png
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五七桐七葉根笹 anchor.png

五七桐七葉根笹, 67.png
  1. その一は、明徳の乱の折、一族同志のこととて、敵味方の区別がつきにくいため、五条橋下に流れていた笹の葉を旗に結びついて、即席の目じるしにしたのがおこりだという。
  2. 今一つは、室町幕府における大功により、将軍義満公より、源家の重宝笹造り太刀を拝領したことを記念して、定紋としたともいう。
    因みにこの笹造りの太刀は、羽柴秀吉が山名豊国公に所望したが断られたことがある。常に豊国公の座右に備えられていたが、ある時駿河蒲原の駅で止宿中、出火にあい、家重来の秘宝とともに烏有に帰したそうである。
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なお、糸輪二ツ引両については、 anchor.png

糸輪二ツ引両, 40.png

かつて、三ツ引両を用いていたところ、三浦氏の紋とまぎらわしく、かつ、三つ引山名はサンザンと通じて吉悪しと、義満公(家譜では家康公となっている)の仰せにより、このように改めたとされる。
いずれにしても、世間一般の丸に二引両(どの線も同じ太さで描かれている)とは、一味違ったデザインであることにご注意願いたい。



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